特別連載企画『失敗の本質』から何を学ぶか(8)

【第8回・緊急寄稿】

東日本大震災で最後の砦となった自衛隊

1 はじめに

 自衛隊の基本的な任務は「国家防衛」であり、「災害対応」は副次的な任務であることは周知のことである。

 しかしこのたびの東日本大震災に際して約23万人規模の陸海空3自衛隊は、約10万人余の戦力を投入し約1万9千人余の人命救助、約9千5百柱余の遺体収容、約2万4千人余の医療支援、約3万4千トンの給水支援、約480万食の給食支援、21カ所約98万人余の入浴支援、輸送支援、防疫等支援、道路啓開、瓦礫除去・架橋等の施設支援等を含め獅子奮迅の救援活動を行った。

 特に現在員約14万人余の陸上自衛隊は、5割を越す約7万人余の戦力を投入し、今次災害救援活動の主力として活動した。例え小規模であろうともさらなる地震津波等が日本列島のどこかで発災すれば、陸上自衛隊は適切に対応できるであろうかと、誰しもが危惧の念を抱いたことであろう。

 加えて自衛隊にとっては従来の災害行動の任務としては定められていなかった原発事故対応、すなわち福島第一原子力発電所のメルトダウン対応という任務が降って湧いたように付加されたことは、想定外のことであった。

 そこで本稿においては、想定外であった原子力発電所の事故対応を中心に、自衛隊のNBC対応能力(注1)について垣間見てみよう。

(注1)NBC…N(核物質)、B(生物剤)、C(化学剤)の略。


2 「自衛隊原子力災害対処計画」(注2)の見直し

 福島第一原発事故で、自衛隊は原発周辺住民の避難支援、原発への放水や注水、放射線計測や原子炉建屋の温度測定、放射線を洗い流す除染などを実施した。

 読売新聞(7月13日付)によれば、自衛隊トップの統合幕僚長・折木良一陸将は、同新聞との単独インタビューで

「“自衛隊原子力災害対処計画”では、放射線の計測や住民の避難支援などは明記されていたが、放水や温度計測などは入っておらず、隊員は全く想定外の任務に携わった。

 また原発周辺の病院で患者が取り残されるなど住民の避難でも教訓が残った。」と語った。

 こうした点について折木統合幕僚長は「今後、予想される事態を見積もって計画に反映させ、訓練をする必要がある」と述べ、計画の修正内容を検討し、自治体との訓練にも反映させる考えを明らかにしたと、同新聞は報じている。

 また原発事故後、来日した米軍の放射能等対処専門部隊と自衛隊が合同訓練を実施したことを踏まえ、「専門家同士の交流が大事だ」と話し、化学部隊の隊員らが米軍の能力を学ぶ機会を設ける意向も示したと報じている。

 さらに装備面では、放射能対処だけでなく、生物・化学兵器による攻撃など多様な事態を念頭に、無人航空機やロボットについて「より実効性のある装備について体系的に考える必要がある」とし、導入を検討するとしたと報じている。

(注2)「自衛隊原子力災害対処計画」:原子力災害の発生から部隊の派遣、撤収までの各段階で、部隊の任務や指揮系統、隊員の被曝管理の方法と被曝線量の上限値などを定めている。自衛隊の任務については放射線量の計測や住民の避難支援、輸送など9項目が列記されている。

3 東日本大震災の特徴

 マグニチュード9.0の大地震に加え、波高15メートルを超す大津波が岩手・宮城・福島3県を網羅する広域に甚大なる被害をもたらした。このため多くの地方自治体が壊滅的打撃を蒙り自治機能を喪失してしまった。

この有史以来の激烈なる地震・津波の天災に加え、福島第一原子力発電所が発電機能を喪失し原子炉が溶融する危機的な人災に遭遇するという複合災害であったことが、平成7年(1995年)に遭遇したマグニチュード7.0の大地震だけの阪神淡路大震災との大きな相違点であった。

このために今回の災害出動では自衛隊創設以来初の「統合任務部隊」が編成され、10万8千人規模の戦力投入が行われた。

次いで大地震・大津波という天災対処と原発事故という人災対処の二正面活動を余儀なくされた。特に原発事故対処では本来自衛隊の任務とはされていなかった分野の対処を命ぜられたことは、将来に大きな教訓を残すものであった。

加えて、訓練ではない現実の日米共同作戦が、初めて展開実施され有効に機能したことも特筆すべきものであった。 

 また自衛隊創設以来、初めて「予備自衛官」が訓練としてではなく、実働招集されたことも特筆されるものであった。

いずれにしても結果的に自衛隊が、震災被害極限の究極的な砦であることが実証された。

 ところで今次の福島第一原発の事故で自衛隊が想定外としたのは、従来の「自衛隊原子力災害対処計画」によれば原発事故への直接的な対処は、経済産業省及び事業主体である東京電力等が責任を持って担い、自衛隊はそれらの後方支援に任ずるというものであったので、直接的な対処については計画もなければ、訓練も全くしてはいなかったのが実情であった。準備態勢が整っていないところに、いきなり事故発生後に直接対処を命ぜられため、応急的な対処に終始せざるを得ず、大きな教訓を残した。

 なお、東日本大震災における自衛隊の指揮組織としては、福島第一原子力発電所周辺の避難地域を除く岩手・宮城・福島の東北3県における自然災害地域については、陸上自衛隊東北方面総監・君塚栄治陸将を災害統合任務部隊(JTF)指揮官に任命し、陸海空3自衛隊の災害派遣部隊を統括して指揮命令系統の一元化を図った。

 一方、福島第一原発周辺の危険度の高い地域の部隊運用については、JTF指揮官から切り離し、中央即応集団司令官・宮島俊信陸将に「原子力災害派遣」の指揮を執らせ、自然災害対処とは違った事態へスムーズに適応できるような措置を採ったことは特筆すべきことであった。

4 放射能の物理・化学的特性

 ここで閑話休題、放射能の物理・化学的特性について振り返っておこう。

 自然界に存在するあらゆる物質を構成するのは「元素(原子)」であり、自然界には92個が存在する。原子は原子核とその周辺に存在するマイナスの電荷を持つ電子(e)からなっており、原子核はプラスの電荷を持つ陽子(p)と電荷を持たない中性子(n)から出来ている(ただし、1H:軽水素の原子だけは中性子を持たない)。

このように原子核は、陽子と中性子の数の違いで分類することができ、これが「核種」である。これまで人類が確認している核種は、約2,000種類あり、それらの内で自然に存在する安定的な核種は約280種類ある。その他の核種の大半は人工的に生み出された放射性同位元素で、これらはエネルギーを放出して別の核種に変化し、その際に放射線を放出する。

放射性同位元素の数が、崩壊によって最初の数の半分になるまでの時間を「半減期」といい、その長さは放射性同位元素によって異なる。たとえばナトリウム24は約15.0時間、ラドン222は約3.8日、ヨウ素131は8.0日、セシウム137は約30年、ラジウム226は約1,600年、プルトニウム239は約24,000年、ウラン238は約45億年というように大きく異なる。

質量が最小の原子は1個の電子と1個の陽子を持つ原子核からなる水素(1H:軽水素)であり、地球上で天然に産出される元素で質量が最大の原子は電子を92個持つウランであり、天然には原子核に92個の陽子と中性子を143個持つウラン235(約0.7%)と、中性子を146個持つウラン238(約99.3%)、そうした極僅かではあるが中性子を142個持つウラン234の3種類がある。

このウランに原子炉の中で中性子を照射すると、中性子が衝突したウラン235が核分裂し、ヨウ素(注3)やセシウム137(注4)などの核分裂物質である複数の放射性物質と数個の中性子、そして通常の化学反応では想像できないほどの膨大なエネルギーを放出する。

(注3) ヨウ素131: 甲状腺に吸収され乳幼児や幼児の発育を阻害する

(注4) セシウム137: 骨に吸着され組織を破壊する。

この反応を連続させる核分裂連鎖反応を起こすことによって、膨大なエネルギーを瞬間的に放出させるのが殺傷用の核兵器であり、反応を核燃料制御棒などにより適切に制御しながら徐々に放出させるのが平和利用の原子力発電所である。

原子番号の大きなウランやプルトニウムなどは核分裂しやすく、原子番号の小さな水素やリチウムなどは核融合しやすく、前者は核分裂爆弾となり、後者は核融合爆弾になる。

この際に生成される物質は放射性物質であり、これらの放射性物質が「放射線」を放出する性質を「放射能」という。

 この放射線を放射する担い手が、光と性質が似た電磁波(Ⅹ線、ガンマー線)か、粒子(アルファー線、ベーター線など)かの二つに大きく分類できる。

 

放射線の分類:

 電磁放射線: Ⅹ線、ガンマー線

 粒子線:

  電荷(+・-)を持った粒子線: ベーター線、アルファー線、電子線、陽子線、

  電荷を持たない粒子線: 中性子線放射線と放射能の量を表す単位:

   ベクレル(Bq): どれだけの放射線を放出する能力があるか、すなわち1秒間に壊変する原子核数で表される。

   グレイ(Gy):  どれだけ放射線が吸収されたか、すなわち物質1キログラムに1ジュールのエネルギーを与えることができる吸収線量で表される。

   シーベルト(Sy): 放射線の人体への影響はどうか、すなわち人体に対する放射線量の単位で、吸収線量に放射線荷重係数、組織荷重係数を乗じたものである。

 

 放射線・放射能は、色も姿も見えず、匂いもしないので我々の五感で感じ取ることはできない。目に見えない「毒」のようなもので、適切な量であれば薬になり、多過ぎると人体にとって有害な毒になるものである。

 政府も自治体も国民に適正かつ有効なデータを明示することが難しいため混乱が生じているが、官民学の総力を結集し適正な限度値を明示できる態勢と採らなければならない。

 

5 自衛隊の対核・化学能力

 今次の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故対処のために自衛隊創設以来初めての本格的な「原子力災害派遣」を行ったが、その中核になったのが中央即応集団司令部とその隷下部隊である第1ヘリコプター団と中央特殊武器防護隊であった。

 中央即応集団司令部は、朝霞駐屯地にあり、国内外の緊急事態に対処するため平素から24時間365日の四六時中即時即応の待機態勢にあり、隷下には前記の両部隊の他、習志野にある第1空挺団と特殊作戦群、宇都宮駐屯地にある中央即応連隊、駒門駐屯地にある国際活動教育隊、朝霞駐屯地にある対特殊武器衛生隊、そしてゴラン高原、ハイチ、ジプチなどに展開している国際平和活動派遣部隊等から構成されている。

 木更津駐屯地にある第1ヘリコプター団は、日本全国のテレビに3月16日一斉に放映され有名になった、冷却水をヘリコプターで福島第一原発の原子炉に投下した部隊である。ヘリコプターの操縦士たちは事前の周到な準備の暇もなく、ヘリコプターの機体の底板に応急的に放射線防護用の鉛の板を展張し、操縦士は着慣れない防護服と防護マスクを装着し、僅か1日間の事前訓練で本番に挑んでいる。

 さて本稿において主題になる大宮駐屯地に位置する中央特殊武器防護隊だが、わずか約150人そこそこの小世帯ながら陸上自衛隊における化学科部隊の中枢である。かつては同じく大宮駐屯地にある化学学校に付属した第101化学防護隊(注4)が発祥であるが、当時の某左翼政党が憲法違反であるとして執拗に廃止を要求していた部隊であった。

(注4): 前身の第101化学防護隊の災害出動は、平成7年(1995年)3月20日の地下鉄サリン事件が最初であった。

 平成11年(1999年)9月30日、東海村JCO核燃料加工施設内で核燃料を加工中にウラン溶液が臨界状態に達し、核分裂連鎖反応が発生し、この状態が20時間持続した。これにより至近距離で中性子線を浴びて作業員が被曝した。作業員2名が死亡し、重症1名の他被曝した者は667名に達した。

 陸上自衛隊は、災害派遣要請を受け、第101化学防護隊を派遣して対応した。その後同年12月、政府は新たに「原子力災害対策特別措置法」を制定して、原発事故等に対処する態勢を整備した。これに伴って自衛隊法を改正し、従来の「災害派遣」を自然災害に対処するためのものと定義し、これとは別個に原子力事故に起因する災害派遣として、新たに自衛隊法第83条の3に「原子力災害派遣」を付加して別個のものとして対応することにした。

 しかし前述したように自衛隊に課せられたのは、原子力災害に対する後方支援に限定されるものであったので、今次の出動では些か面食らった側面が生じたことは止むを得ないことであった。

6 中央特殊武器防護隊の主要装備

 中央特殊武器防護隊の主要装備は、64式7.62ミリ小銃、化学防護車、NBC偵察車である。

 化学防護車は、核兵器や化学兵器が使用される状況下において放射線や汚染状況の調査測定を行う機能を保有している。車体は、82式指揮通信車を改造したもので、昭和62年(1987年)に制式採用されている。

 性能諸元は、車長6.10メートル、車幅2.48メートル、車高2.38メートル、重量14.1トン、乗員4名、主要武装は12.7ミリ重機関銃M2が1挺である。路上速度95キロメートル/時間で、エンジンはいすずの10PBI、4ストロークⅤ型10気筒・液冷ディーゼル、350HP/2,700rpmで、航続距離は約500キロメートルである。

 車内の気密度は高く空気清浄器を装備し、乗員を放射能汚染等から防護している。車内から行動地域の放射能の測定や毒ガスの検知などが可能である。放射能測定器、ガス検知器、汚染土壌採取のマニュピレーターなどを装備している。

 また車内から重機関銃の遠隔操作による射撃も可能であり、必要に応じ、中性子防護板を装着することも可能である。但し、細菌等の生物兵器への対応や偵察能力は保有していない。

 初出動は、平成7年(1995年)の勃発したオウムによる地下鉄サリン事件が最初であった。

 平成22年(2010年)には、化学防護車に生物兵器偵察機能を一体化し、NBC偵察能力を増強したNBC偵察車が制式採用された。

 

7 「想定外」ということ

 「想定内」という言葉はホリエモンが流行らせた人気用語であったが、我々に実害をもたらしたわけではなかった。しかし東日本大震災で連発された原子力発電所関係者の「想定外」という言葉ほど、我々日本人だけではなく全ての人類に甚大なる実害を与えたものはなかった。

 東日本大震災における福島第一原発の事故は、本当に「想定外」だったのであろうか?

 平成21年6月に開催された経済産業省における「福島原発の安全性に関する審議会」における活断層地震研究センター長の岡村行信委員と東京電力側とのやり取りを、以下に少しばかり垣間見てみよう。

 岡村委員: 「貞観地震(869年)の津波の痕跡は内陸3~4キロメートルにまで残っており、原発の標高を超える15メートルの高さの津波に襲われる危険性がある」

 東京電力: 「学術的な見解がまとまっているとは思わない」

 岡村委員: 「精度の高い結論は無理でも、最低限度の対策処置を望む」

 東京電力: 「過剰投資はコスト高に繋がり、電気料金に跳ね返る。一億分

の一の確率に経営は掛けられない」

 審議会:  「原子力安全委員会の指針どおりで良い。電源喪失の場合の速

やかなる復旧体制を整える」

 これらの他にも、従来から国会内の委員会や経済産業省の原子力安全保安院の審議会などで繰り返し、「原発の安全性」に関する警鐘は乱打されていた。しかし、政府も国会における与野党の議員たちも、中央省庁の高級官僚たちも、産業界の指導者たちも、そして社会の木鐸たるべきマスメディアの主筆や記者たちも誰も耳を傾けようとはして来なかった。あたかも日本社会の全体が「原発安全神話」の魔法にかけられたが如き体たらくであった。

 次に繰り返し発せられた数少ない専門家たちからの「原発安全性」に関する警鐘の一端を列挙してみよう。

①   原発の耐震基準、立地条件、標高の抜本的な見直し

②   高さ15メートルの津波に耐え得る防水堤の構築

③   予備電源の規格の統一と、原発建屋よりも高い位置への設定

④   高所に貯水タンクの設置、電源恢復までの手動給水設備の設定

⑤   水素爆発防止のための建屋天井への排気口の開設

⑥   水素・放射能吸収冷却剤の準備

⑦   屈折放水搭車の配備

 「歴史の後知恵(Wisdom after the event)」という誹りを恐れず喝破すれば、今次の大震災による「福島第一原発の事故」は、すべて「想定内」のことばかりであって「想定外」の事象は一切なかったのである。「想定内」の事象ではあることは誰しも判っていたのであるが、考えたくない事象は「想定外」と恣意的にしてしまっていた愚挙だったのである。

 今を去ること2500年も大昔の中国の春秋時代と言えば、我が国では未だ文字もなかった縄文時代だが、孔子と同時代人の兵法家・孫武の筆になる『孫子』には、「その来たらざるを恃むこと無く、吾が以て待つ有るを恃むなり。その攻ざるを恃むこと無く、吾が攻む可からざる所有るを恃むなり」(九変篇第八)とある。

 孫武が言わんとするところは、「そのような甚大なる災厄は来て欲しくない、否、来る筈はないという願望に頼ることなく、何時如何なる災厄が訪れたとしても迅速に被害を極限できる対応の態勢を平素から準備しておこう。我が国を武力で攻撃して来る侵略国などは存在しないという願望に依存するのではなく、如何なる武力侵攻に対しても迅速に対処可能な不敗の態勢を平素から整えておくべきである」というのである。 

 東電の福島第一原発の建設に携わったある一流企業のエリート技術者が、小声で囁いてくれた。「原発に総電力の8割を依存するフランスも、日本と同様に“原発は安全である”と主張している。ただ日本と違うのは、日本が原発事故は絶対に起こらないと言い張っているのに対し、フランスでは原発は安全だが、万一原子炉のメルトダウンが起こったら、どのように対処すべきかを平素から周辺住民に対し広報し、万一の場合の被害極限計画を策定し、訓練している危機管理態勢の差異にある」と。

 「諸国民の公正と信義に信頼して我らの生存と安全を確保しようと決意」した日本国憲法の基本姿勢は、安全保障だけではなく、自然災害に対してまでも我々日本人の精神を蝕んでしまったのであろうか?

 

8 後日談――「憂いなければ、備えなし」

  昨年末12月26日、福島第一原発の政府事故調査・検証委員会(畑村洋太郎教授)から中間報告が発表された。この中間報告は関係者456人に900時間の聴取を行った結果、「福島第一原発事故の際の政府の情報の収集・分析・伝達といった情報処理業務のABCに瑕疵があった」とするものであった。

一瞥して寒心に堪えないのは、「原子力対策本部があり、菅首相や関係閣僚、斑目・原子力安全委員長らが会議する官邸の5 階と、保安院関係者などテクノクラートが詰める地下の危機管理センターとの情報伝達・連絡が不十分で、情報収集のためのfax 回線が混雑した上に、携帯電話が普段から使用不能であった」という常識では考えられない瑕疵があったことである。これが我が国の緊急事態における最高指揮命令中枢機関である官邸の実態の一端である。

また官邸は、文科省、経産省などが装備する優れた「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)」を、住民避難などに全く活用しなかった。このため海外諸国からは、日本政府が放射能汚染被害の正確な情報を隠蔽しているのではないかという疑念を与え、国家の威信と信頼感を損ねてしまった。

さらに「東電では全電源喪失の際の緊急対応が不十分で、原発で最も重要なリスク管理や緊急措置の基礎知識さえ、原発運営関係者が持っていなかった」と、報告している。

 巷間、「備えあれば、憂いなし」と言われるが、そもそも「憂いなければ、備えなし」と肝に銘じなければならない。


横浜商科大学
特定非営利活動法人 キャリア・コンサルティング協議会
NPO法人 日本サーバント・リーダーシップ協会