特別連載企画『失敗の本質』から何を学ぶか(1)

【特別連載企画】

『失敗の本質』から何を学ぶか

防衛大学校元教授

杉之尾 宜生 

 今回からシリーズで「『失敗の本質』から何を学ぶか」について、杉之尾宜生先生に論じていただきます。杉之尾先生が著者の一人として執筆された『失敗の本質——日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社)では、大東亜戦争における主要な作戦・戦闘を俎上にあげ、日本軍はなぜ敗北を重ねたのかを分析しました。ここでは一般の読者の方々、特に軍事と縁の少ない方々にそのアウトラインを理解頂けるようにわかりやすく解説していきます。

  このページをご覧になる方の多くは、何らかのかたちで企業組織に関わっていると思います。そこでまず、軍事と経営との相関という視点から「戦略・戦術とは何か」について触れていきます。



【第1回】 

軍事と経営との相関                

  軍事学が体系的に整えられるのは、フランス革命(1789年)に伴い勃発したナポレオン戦争(1796〜1815年)が契機でした。フランス革命により王朝国家から国民国家に国家形態が変化したことにより、武器などの物質的な面での進歩発展に顕著なものがなかったにも拘わらず、「自由・平等・博愛」という革命の理念を守ろうとする国民の意識が変化しただけで戦争の様相が大きく変貌してゆきました。

  共和国の出現によりフランス軍の主体は、革命以前のブルボン王朝の権益を擁護する傭兵制の職業専門軍隊から、革命後は革命の理念と国民国家を防衛するための徴兵制の国民大衆軍隊に変化しました。

  『民約論』の著者であるジャンジャック・ルソーが提唱した徴兵制の国民大衆軍隊の出現により、将兵の数が飛躍的に増大したので、革命以前は一人の指揮官が自分の眼で見える範囲の戦場で部隊を直接指揮運用していましたが、革命後は幾つかのグループすなわち師団や軍団に区分し部下の将軍たちに采配を任せるようになりました。つまり徴兵制により規模が拡大した軍事組織を効率的に制御するための軍隊管理学が発祥したのです。

  その後アメリカで勃発した南北戦争(1861〜1865年)では、産業革命の成果物である鉄道や有線電信が歴史上初めて軍事に活用され、戦争様相は激変し悲惨な総力戦が展開されました。

 南北戦争後、戦争遂行に投入されていたアメリカ人のエネルギーが、西部開拓に傾注されるようになりました。その結果として鉄道が西へ西へと敷設され、これに沿って有線電信が展張され、ヒト・モノ・カネ・情報の流れが加速され、需要が飛躍的に喚起されました。

 それまで創業経営者が一人で采配を振るっていた生産現場は、喚起された需要の増大に供給を適応させるため、急速に生産規模を拡大することを余儀なくされました。この規模拡大した生産現場を適切に制御し管理するために導入されたのが、軍隊式のマネジメントでした。

  フレデリック・テーラーの軍隊式管理学とも言える著書『科学的管理法』は、その典型でした。軍事戦略と経営戦略が親子の関係にあったと言えるのも、南北戦争が終了するとアメリカ陸軍の鉄道敷設部隊や有線電信敷設部隊などが担当していた鉄道路線の建設や有線電信網の展張作業に、民間の建設業者たちが建設現場で軍隊式のマネジメントを模倣しながら建設作業に参入してきたからでした。

  このようにアメリカ式の経営学の源流を溯って行きますと、フランス革命を契機として規模が拡大した軍隊を適切にマネジメントするために軍隊管理学が発祥したように、南北戦争の後に増大する需要に応えるため、規模が拡大した供給側である生産現場の制御・管理を適切にするため軍隊式を模倣した原初的な経営管理学が発祥したのでした。

  20世紀になり第一次世界大戦、第二次世界大戦の渦中で、行動科学がアメリカでは発達しました。その行動科学の学問的な成果は、アメリカの陸海軍が導入することになり、軍の情報活動の業務処理過程や状況判断の思考過程に採り入れられて行きました。

  アメリカにおいては軍隊をマネジメントする仕方と企業をマネジメントする仕方には、共通する面がとても多く見ることができます。敢えて相違点を強調しますと、軍隊が敵の指揮官が最も嫌がることを追求して敵戦力を撃破して勝利を獲得しようとするのに対し、企業はお客様が希望される商品やサービスを提供しお客様満足度を高めることにより利潤を獲得しようとすることでしょうか。

 


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