(4)須賀亨氏

 

●オフサイトミーティング

 から生まれた業務改革

 25人をベテランチームと中堅・若手チームとに分けて、オフサイトミーティングが始まった。こういう分け方をしたのは、ベテランがいると中堅・若手は口を開きにくいだろうと考えての配慮だ。 

 1カ月に1回、9時から5時までのオフサイトミーティングに、みんながよい顔をし たわけではない。改革の必要性は分かってみても様子見をする人もいる。グループリーダーは「こんな忙しいときに何を話すのか」と、メンバーを取られるのを 嫌がった。それを室長から「改革のために必要なのだ」と説得をしてもらう。

「ミーティングのしょっぱなはとにかく上司批判がすごかった。とくに強権タイプの リーダーのいるところはすさまじかった。しかし何回か会合を重ねると『こんなことを言っていても仕方がない』という方向性が出てきます。そのころにはお互 いのことを知って、共感する土台ができ始めています。それまでリーダー同士が犬猿の仲だと下まで『そっちの仕事のやり方が気に食わない』とはなっからケン カ腰だったのが、必要があれば話し合おうとする雰囲気が醸成できたのです」

 徐々に、課題解決、問題解決へのいい流れができていくようになった。

 半年後、オフサイトミーティングは第二期に入り、それまで「様子見」していたメンバーも加わる。それまで進行役を務めてきた須賀氏だが、第二期からはメンバーの中から進行役に手を挙げる人も出てきて、負担が軽くなった。

 オフサイトミーティングから業務改革につながる例も出てきた。たとえば設計部門から窓口チーム、技術チームと仕事が下りてきて、そこから逆に部品情報を上げていくフローを最適化し、納期を短くしたケースだ。

「それまで部品の技術チームからすると、窓口チームがもたもたしているので納期が遅れるという不満があったのですが、オフサイトミーティングで話し合ううち、実は窓口チームは設計部門からの情報だけでは足りない情報をそこで足していたのだとわかったのです」

 そこから業務フローを見直す別のミーティングがつくられ、納期を短縮するフローの最適化が図られたのである。こういう業務ミーティングが会社の目標管理制度などからではなく、オフサイトミーティングから生まれてきたのが意義深いことであろう。 

● 次代へバトンタッチして

 新たな目標へ


 2010年7月、須賀氏は職場を離れた。

「変革は組織の中でずっと続いていくことですが、私がいつまでも携わっているのは変だと思いました」

 かつて須賀氏の部下だった社員が、須賀氏に代わってリーダーに就き、その後、副室長、室長へと昇進したのを見届けて、会社を後にした。「技術的にはピカイチで、部下の人望も厚い人物です」

 変革は次世代へと受け継がれることになった。

 退職した須賀氏は南伊豆で「エココミュニティ」「エコビレッジ」の実現に向けて、また新たな道を走り始めた。これまでとはまったく違う方向性に思える。

「ここ2、3年、自分の社外活動の中で『環境』が大きなキーワードとなって浮上して いました。一例ですが、あるときアウトドアメーカーのパタゴニア創業者、イヴォン・シュイナードさんの講演を聞き、環境に向ける情熱が日本企業とは3段階 くらいレベルが違うのに驚かされました。綿栽培で使う農薬の健康被害を憂慮し、コスト増による一時の客離れを覚悟しつつオーガニックコットンに切り替えた その姿勢はすごいなと思いました」

 須賀氏の問題意識はどんどん環境に引き寄せられていった。

「たとえば日本は世界最大の木材輸入国です。伐採すれば森林はなかなか復活しないし、ロシアのタイガで伐採すると地面に日が当ってメタンガスが発生する問題もあります。大げさですが、世界にはもっと大きな変革が必要だと思うのです」

 その想いが、自給自足も含めて環境を軸に置くエココミュニティ、エコビレッジにつながっていったのである。

「振り返ってみれば、職場での変革も本音で語れる社内のコミュニティを作ったに相違ありません」

 須賀氏は社内コミュニティからエココミュニティへと現場を変えて、さらに大きな変革に挑戦するのである。

                          (須賀氏の回おわり)


横浜商科大学
特定非営利活動法人 キャリア・コンサルティング協議会
NPO法人 日本サーバント・リーダーシップ協会