(2)阿部裕志氏

● 大量生産・大量消費の

 限界を感じて 

 阿部氏は「2人の自分がいる」と言う。

 「エンジニアという自分と、人と自然が好きという自分です」

 小学校の卒業文集に、将来「宇宙一周旅行に出かけてみたい」と書いた阿部氏。大学は航空宇宙工学を学ぼうと京都大学工学部の物理工学科へ進む。

 「結局、大学では材料工学を専攻し、ロケットや航空機に使われるチタン素材の研究をしました」

 これがエンジニアという自分だ。ならばもう一人の自分はどんな存在か。

 「大学時代、有機農業研究会とアウトドアサークルで活動した自分です」

 輸入に頼る日本の食がいつか崩壊するのではないか、自給自足できる自分になろう、アウトドアを通じて生きる力を身につけよう、大学に入る前に阿部氏はそんなふうに考えた。

 校内の畑で野菜を作って自炊をする。鶏を学校祭でさばく。マウンテンバイクを担いで富士山に登る。無人島や洞くつを探検する。山奥へ温泉を掘りに行く。そうやって生きる力を養っていった。

 そんな阿部氏が大学院を卒業するとトヨタ自動車に入社するのである。

 「エンジニアとして、いいモノづくりを勉強したいと思いました。チベットに旅したとき、現地の人たちが『ランドクルーザーは最高のクルマだ』と話していました。トヨタのクルマは故障しない。現地の人はそれを喜んでくれていたのです」

 入社3年目、革新的なラインの立ち上げを担当する。ラインの考え方を根本から見直し、世界中の工場の見本になる画期的なラインを作るのである。

 「人ができるが危ない作業があります。それを機械に置き換えていきます。その途上で、改めて人間の能力のすごさが分かりました」

 人の動作を機械に置き換え、コンマ何秒速くする。その積み重ねで革新的なラインができる。そういう仕事をする過程で「限界を感じる」自分も発見する。

 「トヨタだけの話ではありません。大量生産・大量消費の世界にあって、低価格・高品質・短納期を求め続けることに限界を感じたのです」

 お金をかけず品質の高いものを作ろうとすれば、必ず周りのだれかにしわ寄せがいく。どうやってもみんながハッピーにはなれない。こんなやり方があと何年続くのだろうか。そんな疑念が大きくなっていった。

 「休日にアウトドアの活動をしても、以前なら楽しかったのに、だんだん『それだけでいいの?』という声が自分の中で大きくなっていきました」

 阿部氏は入社4年目にして退職を決意する。

                                                                                  (つづく)

 

横浜商科大学
特定非営利活動法人 キャリア・コンサルティング協議会
NPO法人 日本サーバント・リーダーシップ協会