(1)近澤洋平氏

ザ・チェンジ・エージェント<実践編>

~人の心に火を点け 現場から組織・社会を変える人たち~


  高い意識と志を持ち、ビジョンの実現を目指して奮闘するリーダーがいる。既存の枠組みに囚われず、組織、仕組み、社会に化学反応を起こし、より良い方向へと変革しながら前進してゆく人たち。彼らをチェンジ・エージェント(変革の促進者)と呼ぶ。
 自在(株)ホームページの特別企画として、毎月一人ずつ、チェンジ・エージェントの活動、想いを取り上げてご紹介していきます。

 

「ダメなMR」からMR育成・応援団へ

誇りを持った人たちを星の数ほど育てる

財団法人医薬情報担当者教育センター
総務部次長

近澤洋平

 第一製薬時代、MR(医薬情報担当者)として地域の診療所と病院が連携して患者の治療に当たる「病診連携」体制を日本で初めて構築。研修担当になってからは、コーチングを採り入れて組織風土改革に取り組むなど、社内外でチェンジ・エージェントとして活躍してきた近澤洋平さん(48歳)。現在は、MRの資質向上を担う医薬情報担当者教育センター(以下、MR教育センター)で製薬企業に対するMR教育の支援に取り組んだり、大学でコーチングの講師を務めるなど、第一製薬時代のキャリアを活かし幅広く活躍しています。もともと「ダメなMRだった」という近澤さん。いったいどのような転機が訪れたのでしょうか。
(ライター:増田忠英)



●一番やりたくない仕事だったMR  

 十代のころは医師になりたかった近澤氏だが、受験に失敗し、東京農工大学に進学。卒業後は大学院に進み研究者になるつもりだったが、大学院入試にも落ちてしまう。遅ればせながら懸命に就職活動を行うも、残っている募集職種は苦手な営業職ばかり。適性試験を受けても「営業には不向き」という結果が出るほどで、就職先はなかなか決まらなかった。そんな中で、唯一、近澤氏の興味を引いた募集職種があった。  

「第一製薬の募集職種に『医薬情報担当者』と書かれていて、何かかっこいいなと。研究者を目指していた私には、専門職として輝いて見えたんです」  希望通り第一製薬に採用されたものの、入社後の研修で「君たち営業マンは…」という言葉を聞き、医薬情報担当者が製薬会社の営業担当であることがわかる。  

「一番やりたくなかった営業の仕事をやらなきゃいけないんだと知って、すごくショックでした。そんなスタートでしたから、当然、仕事に対する志も何もありません。医療に貢献するなんて、少しも思いませんでしたね。毎月のノルマがとにかく厳しくて、月末になると、先生に土下座して薬を買ってもらっていました。いつも月末になると、悲惨な顔をして『先生に買ってもらえないと、会社に戻れないんです』と節操なく頼んでいたので、『また、おまえか』と、その地区では有名でした」  

「いつもおどおどして卑屈な姿勢で、小さなころから絶対なりたくないと思っていた存在になってしまっていた」という近澤氏。「うまくいかないことをいつも周囲のせいにして、卑屈で醜い人間でした」と当時を振り返る。


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