(6)近澤洋平氏

●誇りを持った人たちを星の数ほど育てる

  しかし、コーチング研修を3カ年計画で行っていた最中の2005年2月、第一製薬と三共の経営統合が決定し、2007年4月に完全統合することになった。

 3年にわたるコーチング研修をやり終えた近澤氏は、統合直前の2007年2月に第一製薬を早期退職した。その理由をこう語る。

  「経営統合で、すべての社員が円満に新会社に移れるわけではありません。私は人材育成の担当者として、理念を共有した仲間とともに成長し会社を発展させよ うと、これまで旗を振り続けてきました。その仲間を新しい船に乗せることができずに、自分が新しい船で指揮を執ることはどうしてもできませんでした」

 退職後は、これまでの実績を活かし、独立してコンサルタントになろうと営業活動を始めたが、現実の厳しさを目の当たりにした。幸い、縁があってMR教育センターに入職。

 現在は、研修テキストの制作を手掛けている。自身もMRと医薬品情報、製薬企業の倫理、そして序章部分を執筆した。

 「MRは何のために仕事をするのか、MRはどうあるべきなのかということを書いて、それが新しくMRになる人の教科書になるのはうれしいですね」

 また、これも同様に知人から声がかかり、産能短大でコーチング講座の講師を務めている。4月からは、横浜薬科大学でも講座を受け持つ予定だ。

 近澤氏の理念は、第一製薬時代から一貫して変わっていない。それは、「誇りを持った人たちを、星の数ほど育てること」。

 これまでの経験を糧に、これからも、より多くの人々に、勇気、元気、希望を与え、励まし続けていきたいと近澤氏は考えている。


                              (近澤氏の回おわり)

【プロフィール】 
ちかざわ・ようへい
1962 年兵庫県生まれ。母親が妊娠中に当時安全性が高いと言われていた睡眠薬サリドマイドを服用後、奇形児のニュースを知り堕胎も考えたというが、祖母の説得の おかげで生を受ける。青年期は恋に受験にことごとく失敗し、サリドマイドがトラウマとなって20代半ばまでは自己の存在価値をまったく実感できずにいた。 1985年、第一製薬株式会社入社、MR職として都内医療機関を担当。1993年、研修部に配転し、MRの教育研修に携わる。35歳のとき転機が訪れ、自 分のそれまでの半生を振り返り、すべての出来事を受け入れた。その瞬間、自分の生まれてきた意味を悟り、残りの人生の理念が明確になった。2007年、早 期退職し、財団法人医薬情報担当者教育センターに入職、今に至る。ミッション:たくさんの人が感動の多い人生を送れるよう、勇気、元気、希望を与え、励まし続けること。ビジョン:使命感を持って社会に貢献する人たち同志が尊重し合い、誇りと豊かさを実感すること。


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