(5)近澤洋平氏

 「ダメなMR」からMR育成・応援団へ

誇りを持った人たちを星の数ほど育てる

【後編】

財団法人医薬情報担当者教育センター 
総務部次長

近澤洋平 氏

 
 第一製薬で手掛けたマネジャー対象のコーチング研修に、近澤さんは並々ならぬ変革の想いをぶつけていきます。上意下達のマネジメントから、一人ひとりがミッション・ビジョン・バリューを描ける会社へと風土を変えるために、近澤さんはいろいろな知恵を絞っていきました。
 後編では、コーチング研修によって組織に起きた変革のプロセスと、その後の近澤さんのキャリア・ヒストリーに迫ります。




● 3年間で

   「100匹の猿」をつくる


 マネジャーを対象としたコーチング研修は、3年間の期間限定で計画された。

 「会社の風土を変えるには、1年では短すぎ、5年では『やらない』と言っているのと同じです。3年間が勝負だと思いました」

  「100匹目の猿」の話をご存じだろうか。宮崎県の幸島に生息する1匹の猿が、イモを海水で洗って食べるようになった。すると、同じ行動を取る猿が少しず つ増え、臨界点(100匹)を超えると、遠く離れた場所でも同じ行動を取る猿が爆発的に増えたという話である。この話にならい、近澤氏は、3年間で100 匹の猿をつくって風土を改革しようと考えた。その臨界点は16%。

 第一製薬には約800人のマネジャーがいた。3年間で、そのうちの30%、240人が研修を受講できる。

 「30%いれば、歩留まりが半分でも臨界点を超え、風土を変えることができると考えたのです」

 しかし、まだコーチングの手法が一般にさほど知られていなかった当時、社内には大きな抵抗勢力が存在していた。

  「そのころの管理職の多くは、目標数字を達成させるためには部下を厳しく締め上げる必要があると考えていました。それに対して、傾聴・共感を重んじるコー チングには『部下を甘やかす』というイメージがあり、従来のやり方が正しいに決まっていると考えている人たちが、まだ社内に数多くいたのです」

 一課長に過ぎなかった近澤氏が、抵抗勢力を封じ込めるために利用したのがメディアだった。月刊誌「人材教育」編集部に手紙を書き、第一製薬のマネジャーを対象としたコーチング研修の取り組みを取材してほしいと申し込んだのだ。

 「われわれの取り組みが記事になって、それを読んだ外部の人が、『第一製薬って、こんなすごいことをやっているんだ』と知ることが外圧になれば、きっと抵抗勢力も静かになるだろうと考えたのです」

  「人材教育」に掲載された記事は、たまたま朝日新聞記者の目に留まり、コーチングの取り組みは朝日新聞にも掲載された。第一製薬では、自社の記事は必ず全 社員に回覧される。記事を読んでコーチングの取り組みを初めて知った社員も多く、「私も早く受けたい」など、たくさんの応援をもらったという。

 コーチング研修を始めて丸2年がたった段階で、それまでの成果を確認するために、受講者にアンケートを実施した。すると、コーチングが非常に有効だと答えた人は80%以上に上り、20~30%の人が普段頻繁に使っていると答えた。

 何よりも近澤氏がうれしかったのは、「あなたのミッション・ビジョン・バリューは確立していますか」という問いに対して、90%が「Yes」と答えたことだった。

 「研修を受講したほとんどのマネジャーが自分の理念を描いてくれたことを知り、『これは成功する』と実感しました」

 

 


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