(3)近澤洋平氏

「ダメなMR」からMR育成・応援団へ

誇りを持った人たちを星の数ほど育てる

【中編】

財団法人医薬情報担当者教育センター 
総務部次長

近澤洋平 氏

 初めてMRとしての使命感を感じた近澤さんは、目の前の仕事をしぶしぶこなすサラリーマンから脱却し、自ら問題・課題を見つけ、現状を変えていこうとする積極的な取り組みを始めていきます。 自分の身の回りの仕事だけではなく、広く外の世界とつながり、他者との連携や貢献、そして人の育成の問題へと関心は拡大していきます。「以前の自分のような卑屈な人間を二度と出さない」。近澤さんが第一製薬で手掛けた「コーチング導入」の足跡を追っていきます。


● 地域の医療ネットワークづくり

 この体験以降、近澤氏の仕事に向かう姿勢は、「数字を上げること」から、「患者を救うこと」へと大きく変化した。その変化は翌93年、日本初の病診連携体制の構築という成果へと結実する。


 病診連携体制とは、地域の診療所(開業医)と高度医療を受け持つ病院が患者の治療のために連携する仕組みのことである。

  同じ地域で医療活動を行う診療所と病院は、地域の患者さんを奪い合う言わば商売敵である。また、診療所にとっては地域の病院がどんな専門性を持っているの かわからない。そのため、自分のところで検査や治療ができない患者には、遠方にある自分の出身の大学病院を紹介するケースが多かった。

 しかし、これでは患者さんを時間をかけて遠くの病院に通院させることになる。おまけに、検査や入院のために何カ月も待たされるため、患者さんの負担は相当なものだ。

  そこで近澤氏は、担当する地域の診療所と病院の医師を“見合い”させる場を設け、「地域の皆さんのために、一緒にやりましょう」と呼びかけ、日本で初め て、地域の病院と診療所のネットワークを構築したのである。この連携は今も続いており、周囲の病院にもネットワークが広がっているという。

 「自分や会社のためではなく、患者さんに一番いいことをやるようになったら、成績も自然と上向いた」と近澤氏は話す。

 こうした実績が評価された近澤氏は、研修部に異動となり、MRの研修担当となった。

 「『私みたいな卑屈な人間を二度と出すまい。誇りを持って、患者さんのために仕事ができる人を育てよう』という一心で、教育に携わりました」

  そのために近澤氏が重視したのが「ミッション・ビジョン・バリュー」の3つの理念である。自分の使命(ミッション)を明確にし、そこから自分の将来像(ビ ジョン)を思い描き、その実現に向けて日々の活動のベースとなる価値観(バリュー)を明らかにする。研修を通じてこの3つの理念を構築することを通して、 志を持ったMRの育成に力を注いでいった。


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